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小暮裕之について
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みんなの成長を通して社会に貢献する

豊かな今の日本だからこそ、失われた30年を取り戻すために、考える力を備えた人財の必要性を強く感じる

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Profile

氏名
小暮裕之
勤務先
有明みんなクリニック 有明ガーデン院
出身地
埼玉県春日部市
出生年
1978
専門分野
医療経営、子育て、テレビ出演
学会・資格
日本小児科学会 小児科専門医
趣味
読書 ゴルフ
座右の銘
「思いの種をまき、行動を刈り取り、行動の種をまいて習慣を刈り取る、習慣の種をまき、人格を刈り取り、人格の種をまいて人生を刈り取る」
心に残る本
7つの習慣
Career

  • 1978年

    埼玉県春日部市イエスキリストの誕生を祝う12月25日「クリスマス」に生まれる

    両親は獣医師で、埼玉県春日部市の自宅の1階で開業していました。両親が仕事をしている間、私は三兄弟の長男として、妹たちの遊び相手をしていました。小さな子どもをかわいがり、世話をすることを厭わない気質はこのころから芽生えていたのかもしれません。

  • 1989年

    身近で大好きだった人の初めての死

    自分の仕事観に大きな影響を与えたのが祖父の死です。体調が悪いからと胃カメラを受けたのですが、最初の検査では問題が見つからず、次に検査をした時には既に胃がんが進行していました。発覚から亡くなるまで、あっという間のことでした。あとからじわじわと悲しみが押し寄せてくるなかで、「最初の検査で早期発見できていたら、助かったのでは」と考えるようになり、これが医療に興味を抱くきっかけになりました。

  • 1997年

    獨協医科大学入学

    大学で勉強が面白くなってきたのは、4年生の後半、実地の学習をするようになってからです。「病気に対してどんな治療をすると症状が改善するのか」という実際の症例を知ることで、患者さんの喜びというものをイメージできるようになりました。

  • 2003年5月

    総合病院国保旭中央病院 臨床研修医

    モチベーションの高い仲間たちと真剣に学ぶ日々は、非常に刺激的で面白いものでした。研修医として籍を置いていた旭中央病院(現・地方独立行政法人 総合病院 国保旭中央病院)の環境が非常によく、研修医を信頼してくれたことが大きかったと思います。

  • 2005年4月

    国立成育医療研究センター 総合診療部 レジデント家族に愛されている子どもを救う小児科医という仕事

    小児科を選ぶ決め手になったのは、大学時代に聞いた「小児医療の現場に人が足りない」という話です。仕事がきつい上、要求水準が高い親が増えてきて対応が難しく、薬や検査が少ないから給料も安い…と聞いて、「ああ、それなら自分がやろう」と思いました。

  • 2008年3月

    国立成育医療研究センター 総合診療部 レジデント卒業

    一般の医療機関では知ることができない様々な知識を学びました。特に衝撃を受けたのが、当時のWHOの統計で、日本の乳幼児の死亡率が先進国でワースト2位という事実です。日本の小児医療のレベルは世界でもトップクラスだと思っていたので驚きました。

  • 2008年4月

    総合病院国保旭中央病院 小児科医員

    旭中央病院に戻ってからは、実際に重篤な病気に罹患している子供達の治療を担当しました。沢山の子ども達を医療で救い、国内の乳幼児の死亡率低下に貢献しているというやりがいを感じる一方、手を尽くしても救えない子供達の多さに深い喪失感も覚えました。

  • 2010年7月

    総合病院国保旭中央病院 小児科医員 卒業

    苦しむ子供達とそのご家族を毎日のように見ているうち、やりきれなさが募って、私自身が次第に疲弊していきました。精神的にも肉体的にも限界を感じ、子供達が苦しむ前に、何とか救ってあげられないかと考えるなかで、思い当たったのが予防医療でした。

  • 2010年9月

    有明こどもクリニック 有明院 開業予防医療への目覚めが開業のきっかけに

    町のクリニックでは、怪我や比較的軽い症状で訪れた子供達を診療しながら、ご両親やご家族により重い怪我や疾患の予防に繋がる啓発をすることができます。また、保育園や保健所に呼ばれることもあり、広く地域を診ることができるのもメリットだと感じました。 http://child-clinic.or.jp

  • 2014年4月

    働くパパとママのために毎日診療する新しいクリニックの体制へ

    どんな人たちの助けとなりたいかを考えたときに、子どもの健康を願う働くパパとママ、と定めました。こうして「日曜日も含め毎日診療」、スケジュールの見通しがつきやすい「時間予約システム」など、働くパパとママが利用しやすい仕組みを整えていきました。

  • 2016年5月

    有明こどもクリニック 豊洲院 開業 初めての分院展開

    年間4万人以上の患者さんが28坪と手狭な有明院に来院いただいていたこと。そして育児支援目的に病児保育施設を作りたいと考えていたが、有明院の近隣ではテナントの確保が難しいと判断し、2016年豊洲院を開院しました。

  • 2018年4月

    有明こどもクリニック 勝どき院 開業

    豊洲院の来院数が周辺地域からも来院いただくうちに瞬く間に増えていきました。そこで次は当時医療過疎地域となっていた勝どき院を開院させることになりました。

  • 2018年11月

    著書 「クリニック経営の成功法則」「自分のための開業」になってはいけない

    amazonランキング1位(経営理論)。医院経営について質問を受けることが増えてきたのもあり、初めての著書を出版いたしました。 「顧客のために何ができるか」を考えて始めた事業であれば、ターゲットとコンセプト、提供できるサービスが明確になり激戦区でも唯一無二の存在になるでしょう

  • 2019年1月

    認可外で病児保育室 フローレンス豊洲を開設

    「子どもが病気になるたびに仕事を休まなければならない。有給休暇を使い果たし、これ以上休むとクビになってしまう」――そんな母親の切実な声を聞き、認定NPO法人フローレンスと手を結んで、2019年1月に認可外病児保育室を共同開設しました。

  • 2019年2月

    病児保育のソーシャルアクションが成功

    予算を付けてもらうための署名活動を行う一方で、赤字覚悟ながら、「24時間ネット予約可能」「感染症の子供も受け入れ」など、共働き世帯の要望に応えるシステムを実現しました。翌2月江東区は「病児・病後児保育施設の2ヵ所増設」など成果に繋がりました。

  • 2019年6月

    医療経営大学 開講

    出版と特典の動画配信をきっかけに、直接指導を受けたいという声を沢山いただくようになりました。そこで医療経営大学というリアルで学ぶ場を作りました。日本で唯一無二となる成果保証をした経営スクール&コミュニティーをはじめました。 https://doctors.college

  • 2019年6月

    未来をつくるこどもクリニック 千葉テレビレギュラー番組開始

    こどもの未来をつくる “すごい人” をゲストにお招きして「どのような未来をつくっているのか」というお話をしていただく番組です。私が進行役となり、これからの未来をつくる“こどもたち”が安心して暮らせるための情報と智慧を届けてきました。 https://future-clinic.jp

  • 2019年8月

    有明みんなクリニック 田町芝浦院 開業

    有明院に田町芝浦エリアから通院いただく方の要望に応えるために、小児科、耳鼻咽喉科、内科各々の専門医が1つのクリニックで診療する必要性を感じ、有明みんなクリニック田町芝浦院を開院しました。

  • 2020年8月

    有明ひふかクリニック・有明みんなクリニック 有明ガーデン院 同時開業

    有明こどもクリニック有明院を、有明みんなクリニックへ拡大しながら有明ガーデンに移転したことにより、念願だった有明地域にも21時まで開院するクリニックを開院できました。また人の外見がきれいになることにより内面が良くなるという事を実感し、パパママ向けに皮膚科・美容皮膚科を同時開院いたしました。

  • 2020年10月

    news TOKYO FLAG 東京MXテレビ 火曜レギュラー番組開始

    番組のメインキャスターである平井理央さんと、子育て世帯向けに医療・育児・教育などを中心に情報発信をしていきたいという想いが合致し、news TOKYO FLAG 火曜レギュラーとして毎週出演することになりました。

Philosophy

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Purpose

みんなを幸せにする「よろこばせごっこ」がしたい

豊かな今の日本だからこそ、失われた30年を取り戻すために、考える力を備えた利他の精神をもった人財の必要性を強く感じる

Mission 使

教育者としてみんなの成長を通して、社会に貢献する

育自分休暇、リーダーシップ研修の強化、医療経営大学の全国展開をしていきます。クリニックで活躍するパートナーが仕事を頼まれるということも証明されました。

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Vision

使

利他の精神を持つ親子が溢れる日本

私は31歳で小児科クリニックを開業し、最初の5年は多くのパートナーが去っていきました。そして問題を解決するというコンサルに頼ったところ、8割のパートナーが同時に辞めたこともあります。しかし、その経験を通して、自分自身が医師という職人ではなく、経営者にならなくてはならないと気づくことができました。